3D プリンターでジェットコースターを製作
わずか 2 分間で終わってしまうのに、何時間並んでも苦にならないという体験はそう多くありません。その 1 つがジェットコースターでしょう。スリルを求める人たちは、急カーブやループを高速で通過するときや垂直に急降下するときの高揚感を期待して、10 時間も待ち続けるのでしょう。また、テーマパーク運営会社は、もっと多くの人々を惹き付けるため、より過激で豪華なアトラクションを作り出すことに一心に取り組んでいます。
しかし、このようなスリルを生み出すには高額な予算が必要です。ジェットコースターの開発に 3 億米ドルかかることを考えると、テーマパーク運営会社は新しい設計に確信が持てなければ着工できません。実際、この膨大な設備投資額が、規模や速度、独創性を追求したアトラクションを生み出す最大の障壁の 1 つになっています。そうは言っても、変化の兆しは見えています。
Simone Bernardini 氏は、イタリアの遊園地やアトラクションを手掛けるエンジニアリング企業 Extreme Analyses Engineering の CEO です。Bernardini 氏は、積層造形とシミュレーションを組み合わせることが、ジェットコースターの開発コストと運営コストを大幅に削減させる鍵だと考えています。そして、それを実現するために 3DEXPERIENCE プラットフォームを使用しています。
Bernardini 氏は次のように述べています。「バーチャル・ツイン・エクスペリエンスを使用することで、新しいコンセプトを明確に定義し、バーチャルにプロトタイプを作成してテストし、動作を正確に把握してから物理的に着工できます。弊社のシミュレーションは実際の状況を正確に再現でき、意思決定の裏付けになります。積層造形は新しいテクノロジーであるため、アトラクションを想定どおりに機能させるには豊富な経験と専門知識が必要になります。しかし、結果的には、運営上のパフォーマンスが大幅に向上する可能性があります。部品は独自の方法で生産しており、非常に軽い複合材料を使っています。従来の製造上の制限がないため、新しい形状を自由に作成でき、構造の完全性に影響を与えずに、使用する材料を削減できます。これは安全基準を満たすために不可欠です」
積層造形を使用した当社のトポロジー設計と生産の方式は、特許取得済みです。この方式で重要となるのが、積層造形を使用した構造部品の設計と製造を管理する制御手段を提供するプラットフォームです。
イノベーションのためのパートナーシップ
2019 年、Bernardini 氏は自身のビジョンを実現するため、イタリアのパドヴァ大学にある Design Tools And Methods in Industrial Engineering Laboratory に協力を持ちかけました。目的は、新しい積層造形プロセスと方法を開発し、業界の安全基準を満たすジェットコースターの部品を効率的に作成できるか判断することでした。パドヴァ大学のチームは、革新的な方法論を生み出そうと、部品の設計に参画しました。
そこでまず、Extreme Analyses Engineering 社は、プロジェクトの土台となるテクノロジーを何にするのか決める必要がありました。そのため、信頼できるテクノロジー・プロバイダーである Exemplar (ダッソー・システムズのビジネス・パートナー)に問い合わせ、必要なすべての機能を 1 つに統合できるプラットフォームの必要性を説明しました。
Bernardini 氏が当時を振り返ります。「アプリケーション間でデータをやり取りしたくありませんでした。途中で情報やインテリジェンスを失う危険性があるためです。すべてのコミュニケーションを一元管理したいと考え、3DEXPERIENCE プラットフォームが候補に挙がりました。設計にはすでに SOLIDWORKS を使用しており、シミュレーション用として SIMULIA の機能を調べ始めたときでした。目的は、プロセスを自動化し、解析の実行に伴う時間のかかる作業をなくすことでした」
現在、Extreme Analyses Engineering 社では、クラウド版の 3DEXPERIENCE プラットフォームと SOLIDWORKS、SIMULIA、ENOVIA を使用し、積層造形のビジョンを現実化しています。
Bernardini 氏は次のように語ります。「パドヴァ大学のチームは、積層造形プロセスの部品設計と品質の確認を担当しました。3DEXPERIENCE プラットフォームが当社のプロセスにどの程度、適合するのかテストし、当社のニーズを満たせるのかを判断したのです」
このチームでは、パドヴァ大学のラボのトレーニング用標準環境としてもこのプラットフォームを採用しています。
Simone Bernardini 氏のプロジェクトにおけるもう一つの重要なパートナーであるのが、ヴェローナの Technologic and Scientific Park です。プリントしたプロトタイプの検証プロセスに協力しています。
Extreme Analyses Engineering は、コスト、柔軟性、拡張性という 3 つの重要な理由から、クラウド版の 3DEXPERIENCE プラットフォームを選択しました。
Bernardini 氏は、その理由を次のように語ります。「コスト削減、特に初期費用の削減のためにクラウドを選択しました。とにかく先行投資を抑えたかったのですが、リスクがあるようには感じませんでした。それに、クラウド版のプラットフォームは柔軟性に優れ、求めていた高性能コンピューティングの要件を満たし、必要に応じて拡張できます」
Extreme Analyses Engineering 社は、大学、Exemplar 社、ダッソー・システムズと密接に連携し、3DEXPERIENCE プラットフォームをビジネスに活用することに成功しました。
「大学とのパートナーシップにより、視野が広がり、イノベーションが促進されました。連携することで、製品の品質を向上させ、必要なソフトウェアの専門知識と技術スキルを備えた工学系の学生を取り込めました。Exemplar 社も重要な役割を果たしました。このプラットフォームは非常に充実したアプリケーションです。当社の具体的なニーズに応じた使用方法を習得できるよう、Exemplar 社がサポートしてくれました。同社の技術部門とは、今も日常的に連絡を取っています。それが開発時間の短縮とシステムの改善につながっています」と Bernardini 氏は語ります。
開発を加速し、コストを削減
Bernardini 氏と彼のチームは、シミュレーションと積層造形を使用し、新しいジェットコースターの部品の開発にかかる時間を半減させると同時に、乗り心地を最適化することに成功しました。
Bernardini 氏は次のように語ります。「シミュレーションと積層造形を活用すると、車両を約 3 ~ 4 ヵ月で作成できます。従来のアプローチでは、その倍はかかる上、はるかに多くのエネルギーを消費します。当社では、お客様の開発コストと運営コストを約 30% 削減できると見ています。着想から製造まで、非常に速く進むでしょう」
チームは、3DEXPERIENCE プラットフォームを使用し、ジェットコースターの車両の座席を設計して 3D プリントすることから始めました。
Bernardini 氏は次のように説明します。「個々の構成部品の重量を減らすと、車両全体の重量が減り、エネルギーとコストの節約につながります。車両に動力を供給する大きなモーターは不要となり、ブレーキも簡単にかかります。標準的な座席のモデルと比較すると、重量を 30% 削減できました。このアプローチにより、車両の可動部品の重量を 65%、支持構造の重量を 30% 削減できたのです」
Extreme Analyses Engineering 社は、反重力ジェットコースターの車両全体をバーチャルに開発することで、この新しいアプローチで部品をいかに軽量化できるかを実証してきました。
「すべての形状的制約と寸法的制約をモデル化しました」と Bernardini 氏は説明します。「3DEXPERIENCE プラットフォームの機能を使って、状況に応じて各部品を作成できるように設計空間を作成しました。そうして、すでに存在する変更したくない部品を考慮しつつ、トポロジーの最適化を実行しました。続いて、荷重や速度などの物理的側面のシナリオを作成しました。最終モデルを作成する前に、剛性の検証にもプラットフォームを使用しました。そして、ボギー台車を 95.7kg からわずか 24.3kg まで軽量化できたのです」
ジェットコースターの可動部品を軽量化できると、メンテナンス・コストも削減できます。
「個々のホイールが非常に軽いので、部品の交換頻度が下がります。また、構成部品を迅速に 3D プリントできるため、車両全体でなく、問題のある部品のみを取り外し、簡単に交換できます」と Bernardini 氏は説明します。
安全のためのシミュレーション
世界的な安全基準を遵守することは、ジェットコースターの設計者や製造業者が、設計、エンジニアリング、製造において最高品質を提供するために極めて重要です。このような基準を遵守するためには、有限要素解析(FEA)、動的解析、リスクとハザードの計算を実行する必要があります。また、ジェットコースターが耐用年数に見合う耐久性を発揮できるよう、メンテナンスを考慮した設計にする必要もあります。
Bernardini 氏は次のように述べています。「Exemplar 社のサポートにより、FKM 手法(ドイツの機械工学研究所が設定した、機構的な構成部品の強度を解析するためのガイドライン)を 3DEXPERIENCE プラットフォームで定義し、製品開発のあらゆる段階ですべての作業が業界のベスト・プラクティスに従って確実に行われるようにしました。当社のプロセスは、CAD でのモデル作成、有限要素法(FEM)の最適化、モデルの再構築、FEA 検証、最終モデルの製作の順で進みます」
Bernardini 氏はさらに続けます。「通常、顧客から 2D 図面が提示されます。それを当社で SOLIDWORKS を使用して 3D モデルに変換します。ENOVIA の POWER’BY 機能を使用すると、SOLIDWORKS と 3DEXPERIENCE プラットフォームをすばやく簡単に接続できます。このプラットフォームは優れていて、SOLIDWORKS で何か変更すると自動的に反映されます」
Extreme Analyses Engineering 社は、その後、SIMULIA を使用して設計を最適化します。
「予備検証を作成し、SIMULIA の堅牢なシミュレーション機能を使用してフレームを確認します」と Bernardini 氏は説明します。「最終的な 3D モデルは、最適化、再構成、さまざまな検証を経て完成します。プラットフォームでは、写真解析など、多くの作業を行います。また、多種多様な材料をバーチャルにテストし、アルミ合金 AISi10Mg とスチールの採用も決めました。実績があり、はるかに軽量な材料です」
特許取得済みのワークフロー
Extreme Analyses Engineering 社は、積層造形プロジェクトに直接関連する特許を 3 つ取得しています。それは、設計に関する特許、座席シートの特殊な形状に関する特許、品質基準に沿った製造方法に関する特許です。どれも 3D EXPERIENCE プラットフォーム内で管理されます。
「積層造形を使用した当社のトポロジー設計と製造の方法は、特許取得済みです。この方法で重要なのが、積層造形を使用した構造部品の設計と製造の管理の制御手法を提供するプラットフォームです」と、Bernardini 氏は説明します。
製造に関わる特許の範囲について、Bernardini 氏が詳しく説明してくれました。「当社の製造ワークフローでは、各プロセスが、最低限の要件や機械オペレータの能力などの設定された基準を満たす必要があります。3DEXPERIENCE プラットフォームでは、3D プリンターの処理を定義し、シミュレーションに正確に沿って製造されるようにします。また、部品の密度や孔率のテストなど、製造やトポロジーに関連する後処理チェックも設定しています」
Extreme Analyses Engineering 社では、すべての安全性認定書についても ENOVIA を使用し、3D EXPERIENCE プラットフォーム内で管理しています。
「当社が作成する部品ごとに認定書を付けるようにしているため、ステップごとに文書化されることになります。3DEXPERIENCE プラットフォームには、生産システムに関する情報が搭載され、3D プリントの対象になるレイヤーがすべて 1 つずつ記録されます。プラットフォームとプリンター間でやり取りされたすべての情報が記録されているのです」と Bernardini 氏は説明します。
ジェットコースターの新しい製作方法
これまで、3D プリントは、最終製品ではなくプロトタイプの作成に使用されてきました。しかし、Bernardini 氏は、両方ともできる可能性があると考えています。
「積層造形は、プロトタイプ作成に使用されるのが常ですが、最終製品の生産もできるはずです。このテクノロジーは向上し続けており、高度な 3D プリンターほどスピーディーに製造できます。それがコスト削減につながるのです」と Bernardini 氏は説明します。
Extreme Analyses Engineering 社内に新しい会社を設立し、革新的な生産方法を追求する計画があります。
Bernardini 氏は次のように語ります。「この会社では、積層造形に注力します。3DEXPERIENCE プラットフォームを使用して、Industry 4.0 のコンセプトを採用した新しい生産プロセスを管理し、3D モデル設計から生産までを総合的につなげたワークフローを作成します。ジェットコースターの最終部品を作成し、社内で組み立てることを目標にしています」
Bernardini 氏は、将来を見据え、積層造形がジェットコースターの製造方法をどれだけ変革できるのか期待しています。
「第 1 段階は完了しています。方法論は完成しました。次のステップは、3D プリンターでより多くの構成部品を製作し、実際のジェットコースターに使用することです。2023 年には、積層造形の部品を実際のジェットコースターに採用する予定です。革新的なアプローチと言えますが、達成できると確信しています。達成に向け、現在は、時間、コスト、労力をすべてこの取り組みに投入しており、業界の流れがその方向に乗ったら、このテクノロジーをすぐに動かせるようにしています。当社がすべきことは、これが前へ進む道であることをすべての人に納得してもらうことなのです」と Bernardini 氏は説明します。
Extreme Analyses Engineering 社について
Extreme Analyses Engineering 社は、2015 年に Simone Bernardini 氏によって設立されました。同社は、産業部門(昇降式作業プラットフォーム、クレーン、特殊機器など)の構造や機械の設計および構造計算に関する Bernardini 氏の経験や専門知識がベースになっており、特に遊園地やアトラクションの設計を得意としています。
Exemplar 社について
イタリアに拠点を置く Exemplar 社は、ダッソー・システムズ認定のプラチナ・パートナーです。Exemplar チームは、仮想シミュレーションの分野で豊富な学際的経験を持ち、最新のソフトウェア・ツールや方法論を追求して、絶え間ないイノベーションを実現しています。CAE アプリケーションとソフトウェア開発について深い知識を持ち、ビジネス・プロセスの最適化や企業の進化するニーズのサポートが可能な専用ソリューションを構築できます。