クレーンの特性上不可欠な感性評価を可能にする シミュレータづくり
株式会社タダノは、建設用クレーンや車両搭載型 クレーンおよび高所作業車などの製造販売を手掛けて います。2019年に100周年を迎えた世界最大手級の建設 用クレーンメーカーであり、現在はグループの事業領 域をLE(Lifting Equipment)と呼ばれる(移動機能付)抗 重力・空間作業機械と定め、欧州や北米・南米、中東・ アジアやオセアニア、ロシアなどグローバルにビジネ ス展開しています。建設用クレーンのなかでも日本や 米国での需要が高い不整地などの走行に長けているラ フテレーンクレーンの出荷台数は世界最大を誇ってお り、積極的なM&Aによって最大吊り上げ荷重1200ト ンに達するオールテレーンクレーンや最大吊り上げ荷 重3200トンに達する無限軌道式履帯(クローラ)を装 備した走行体に架装したクローラークレーンも市場に 展開するなど、建設用クレーンの豊富なラインナップ で顧客のニーズに最適な作業車を市場に投入しています。
日本初の油圧式クレーンOC-2型を開発するなど高度な 技術力を武器に建設用クレーンの技術開発を積極的に 行ってきた同社では、2017年に技術研究部門を迅速な 意思決定が可能な社長直下の組織として独立させるな ど、市場の要求にいち早く応えるべく、更なる技術革 新への投資を積極的に行っています。その研究開発に おける中心的な役割を担っているのが、香川県高松市 にある技術研究所です。建設業の安全性と生産性を劇 的に変革するべく“腕を磨く、操作性を磨く”を研究所の ビジョンに据え、建設就業者の減少によって生じてい る熟練オペレータ不足を高度な技術によって支援し、 建設現場における事故を減らすなどさまざまな社会問 題を解決するための新たな技術開発に日夜取り組んで います。
荷を持ち上げるための腕に相当するブームは、荷を 吊り下げるとたわみが大きくなり、荷振れが発生しま す。製品設計で制御方法を検討する際、この荷揺れの 物理的特性とクレーンの使用環境の理解が必要です。 しかし、クレーンが活躍する建設現場は危険区域の為 設計者が立ち入る事が出来ません。そこで、「経験豊 富な現場のクレーンオペレータの視線を計測、分析す る事で数値化を図っています。人間が操作するときの 感覚がとても重要ですが、今までは十分に製品開発に 反映できていませんでした。」と技術研究所長 博士 (工学) 野口 真児氏は説明します。「操作する人間の感性による評価は、当然ながら実際 のクレーンに乗り込んだうえで、操作して初めて可能 になります。そのため、プロトタイプの製造やテスト 環境の準備など、単に評価するだけでも多くの時間を 要します。そこで、製品設計開発プロセスの早い段階 で感性評価を可能にするシミュレータの開発が求めら れたのです」と技術研究所 主幹 博士(工学) 谷住 和也 氏は当時を振り返ります。
本来、 機械が完成して初めて行える操作の感性 評価を開発プロセスの早い段階で可能にするため には、リアルタイムシミュレータが必要だったのです
感 性 評 価 を 可 能 に するリアル タイムクレ ー ン シミュレータの開発
シミュレータに求められた事は、ブームのたわみが正 確にモデル化できることと、その挙動をリアルタイム に再現する事でした。そこで同社が注目したのが、 ダッソー・システムズが提供するマルチボディシミュ レーションソフトウエア「Simpack」でした。「製品 選定のプロセスにおいて複数のソフトウエア製品を検 討しました。剛体であればリアルタイムにシミュレー ションできる製品はありましたが、建設用クレーンを 再現する際に重要な“たわみ”の挙動を正確に再現でき るものは、高度な技術を持つSimpack以外なかったの です。また、人間の感性評価がリアルタイムでシミュ レーションできるのは、Simpackだけでした」と谷住氏 は語ります。
また、正確な設計情報に基づいてシミュレーションで きる物理モデルが作成できることも、Simpackを選んだ 大きなポイントです。「オペレータがトレーニングに 使うような簡便なシミュレータではなく、我々が求め ていたのは高精度で再現性の高い開発ツールとしての シミュレータでした。我々エンジニアに必要なのは、 正確な設計情報をもとに、構造物の物理モデルを作成 し解析できることです」と野口氏は語ります。
研究開発のスピードを加速させるだけでなく、コミュニ ケーション手段としても活用
導入に際しては、ダッソー・システムズの導入支援に より、同社の主力の1つとなるラフテレーンクレーン の主要機種をSimpackでモデル化しました。実際開発 されたシミュレータは、オペレータが乗り込むキャビ ンや操作レバー、AMLと呼ばれる過負荷防止装置やディスプレイなどのハードウェアも含めて開発され ており、Simpackの計算結果をリアルタイムに可視化 する巨大ディスプレイも一体化した形で用意されてい ます。このシミュレータは、クレーンの作業姿勢や荷 物の重さなどパラメータの変更や、シミュレーショ ンの実行及び結果表示など、直接Simpackを操作し、 シミュレータで確認する事が可能です。中間ファイル が不要で、モデルの知識がなくてもクレーンの機種の 変更や、シミュレーションの実行が可能です。シミュ レータは、製品の開発期間を1年から半年程度の工数削 減に貢献し、結果として新たな機能のリリースも従来 に比べて迅速になっています。
シミュレータは研究部門のアイデアを開発部門に理解 してもらうためにも活用しています。「これまでは新 しい設計案の機能説明が伝わりにくいケースもありま したが、Simpackのシミュレータを用いたバーチャル体 験によって、以前に比べ関係者への理解が進み、開発 につながるケースが多くなっています」と谷住氏は評 価します。
異なる機種に対応するためのクレーンのパラメータ 変更と評価には、 ブームのたわみからモデルを作り 直す必要がありました。 SimpackはGUIがシミュレー タと直結しているため、 このような修正が容易です
主要機種のモデル化を進めながら、活用の幅を広げ ていく
現在、操作系の新たな油圧バルブの開発を進めている 技術研究所 機械創造ユニット 主任 博士(理学) 市川 浩樹氏は「油圧バルブのシミュレーションコード を作成し、Simpackを連成させリアルタイムにシミュ レーションする事を計画しています。油圧特性を含め た機構のモーションを感性評価することによって改善 点も見つけやすくなる事を期待しています。」と説明 します。「また、制御系設計で幅広く活用されている MATLABとの連成を行っていく計画もあり、活用の幅を 広げていくためにはどんな対応が必要なのか、今後の 継続的なダッソー・システムズの支援も期待していま す」と市川氏は語ります。
実機での検証では、例えば姿勢条件ひとつ にしてもその場でパラメータを変えて評価するの は手間が掛かります。 シミュレータがあれば容易 に色々な設定条件を事前に確認する事が できます